YAMAP春山社長が語る、地域文化と生き方のヒント-KIMONO MODERN 特別対談
アウトドアアプリ「YAMAP」で山や自然の魅力を発信し、地方創生に携わる社会起業家である春山社長と、”ワンピースときどき、着物。”というコンセプトを通じ着物を今につなげる「KIMONO MODERN」をプロデュースするわたくし。
「山」と「着物」
一見全く異なる領域の中共通しているのは、「日本人としての認識を大切にし、地域文化を未来へつなぎたい」という想いです。
地方や伝統「今」と「これから」
福岡の伝統織物である「久留米絣」を通してさまざまな角度から、私たちがどんな未来を描けるのかーー最後までぜひお楽しみください(インタビュアー:株式会社WITH THE MODERN |KIMONO MODERN 代表濱田友紀子)
なぜ福岡で起業? 地方にこだわる理由
濱田:
今日はお忙しい中、お時間を割いてくださってありがとうございます。いつも久留米絣のモンペを愛用されてる春山社長には、勝手に親近感を持っておりまして(笑)これまで色々とお話を聞かせていただいた中で、今日は社長の掲げられている「地域文化資本の経営」の考え方や久留米絣などの伝統産業についてなど、お話を聞かせていただけたらなと思っております。
登山家にとって欠かせないアプリある「YAMAP」ですが、まず私が最初に驚いたのは「YAMAP」がこの福岡にある!ということ。東京へ進出したり、東京で起業するという選択肢もあったと思うんです。どうして福岡で会社を作ろうと思われたんでしょうか?
春山:
東京で働いた経験があるので、東京の良さはよく分かっています。人が多いぶん仕事のチャンスや面白い人との出会いも多いし、やるなら圧倒的に東京のほうが有利だと感じました。
ただ、その魅力を十分理解したうえで地元に戻ってみると、地方に若い人がどんどん残らない現実を目の当たりにしたんです。特に、僕の周囲の同級生も大多数が外へ出てしまっている。そうすると当然、地域はさびれるし、地域に蓄積されている豊かさが埋もれてしまう。
大量生産・大量消費という時代なら一極集中もよかったのかもしれないけど、僕らの世代までそれを続けると、どんどん地方が廃れてしまう。「それは嫌だな」と。やっぱり日本の豊かさって地域にあると思うんですよね。
そこで、自分が同じ仕事をするなら東京より地元や地域でやりたい。そういう場所で仕事したほうが「悔いがない」んじゃないかと思ったんです。結果、家族も近くにいて、いろいろなしがらみも含めて自分が育った地である福岡を選んだ、というのが大きい理由ですね。
伝統産業・地方産業の衰退と取り戻したい、日本人の「感性」
濱田:
私自身、普段着きものブランドをやっているので、地方の伝統産業がどんどん衰退していく現状はすごく気になります。若者の後継者不足とか、昔ながらの職人さんが高齢化で辞めてしまったり… そういった現実をどのように捉えていらっしゃいますか?
春山:
伝統産業が衰退する原因は複合的ですけど、根っこには「暮らしに対する感性が鈍っている」と思うんですよね。今って便利なモノが安く手に入るし、壊れたら買い替えればいいみたいな文化が当たり前になっている。昔は「手を入れる」という思想、たとえば壊れたら直す、汚れたら磨く、使い込んだものに味が出る――そういう感覚が生活に根付いていたんです。でも今は大量生産・大量消費の波の中で、そういった価値観や行動が薄れてしまった。
濱田:
着物もそうですが、「揚げ」といって腰の部分に生地をあらかじめしまいこんである部分があります。それは、裾が擦り切れたら「揚げ」の部分から生地を下ろしてすり減った部分をリメイクするための生地なんですが、そういう日本人の根っこにある「ものを大切にする」「手を入れる」そんな意識は便利な世の中の中で薄れてしまっていますよね。
春山:
結局、そこを取り戻さないと、地域の伝統産業や工芸品は「修理して長く大切に使う」という本来の価値が伝わりづらいと思います。いくら「これ、すごくいいものですよ」と宣伝しても、「安いし使い捨てでいいや」と思う人が大半では、なかなか難しい。
だからまずは、自分たちの暮らしと環境がつながっているんだとか、「手入れすること自体が豊かさに直結している」という感性をどう取り戻すか――そこが大きな課題だと思っています。
濱田:
なるほど、「感性」ですね。
着物は着るのに時間がかかりますが、「手間をかける時間がある」というのはある意味「豊かさ」とリンクしているんじゃないかと思うのです。着物は忘れかけたその「感性」を取り戻す、ひとつの儀式のようにも感じています。
「久留米絣」ー日々の暮らしと風土に寄り添う
濱田:
春山さんは、いつも久留米絣を愛用されてますよね。すごくお似合いです。
春山:
ありがとうございます。久留米絣って、昔は野良着にも使われていたくらい丈夫なんです。実際、パンツに仕立てて毎日履いてみると、ジーンズが重たく感じるほど軽くて着心地がいい。
海外生活や旅で現地の織物を集めていた時期があったんですが、やっぱり織物こそ土地の風土が出やすいと思うんですよね。色合いや柄、素材の使い方に「その土地らしさ」が表れる。
濱田:
確かに!同じ木綿でも、産地によって生地の風合いや厚み、柄にまでさまざまな特色があります。
春山:
だから福岡に戻った時に「地元の織物を自分も普段使いしてみよう」と思って久留米絣を選んだんです。履き心地もいいし模様も素敵。YAMAPの事業として直接「久留米絣を売っている」というわけではないけど、一部アイテムにしてみたり、個人的に愛用することで、少しでも地元の産地が盛り上がれば嬉しいなという気持ちがありますね。
濱田:
YAMAPさんのオリジナルの久留米絣のサコッシュは、色柄も豊富でとてもかわいいですよね。
上場を目指す理由と社会貢献のかたち
濱田:
春山さんはIPO(株式上場)目指されていますが、そこにどんな意義を感じていらっしゃるんでしょう?「上場目指す社長はイケイケで派手」と私は勝手にイメージしていたのですが(もちろん今では違います!笑)、春山さんはそんなイメージとは全くかけ離れていたので、とても不思議に思ったのですが。
春山:
YAMAPのビジネスの土俵は、ソフトウェアになります。
ソフトウェアビジネスは、一強多弱の世界です。なので、「サービスが先、利益は後」のスタンスで、投資家さんからお金をお預かりして、ビジネスを成長させる選択肢を取りました。いわゆる、出資です。 出資していただいた以上、投資家さんへリターンを返さなければなりません。その恩返しの方法がIPOになります。
出資を受けた以上、IPOは必ずやると決めています。IPOをすることに関して迷ったことはありません。 むしろ、どれだけ良質でユニークなIPOが、私たちYAMAPでできるか。そこに注力しています。地方やニッチな市場からでもIPOできるんだという前例を示したいんです。そうすると次に続くベンチャー起業家への投資マインドも高まり、結果として地方や伝統産業、アウトドアという分野にも資金や関心が集まりやすくなる。
濱田:
上場=未来へのバトン。社会貢献のひとつ。
そして出資をしていただいた恩返し。そういうお考えのもと、だったのですね。会社経営だけでもほんとに難しい、なんでこんな次から次へといろんなことが起こるんだろう、と私自身いつも苦悶していますが、そういうものも乗り越えて会社を成長させ、前進させることへの意義ややりがいを春山さんの言葉から強く感じます。
生き方の表現としての仕事ー自由と私らしい生き方。
濱田:
今回のインタビューを読んでくださる方は、着物や和の文化が好きな30~50代の女性が多いんですが、女性は結婚、出産、さまざまなライフイベントの影響で、「働くこと」に対して規制がかかりやすいんです。春山さんにとって「ビジネス」や「働くこと」ってどういうことでしょうか。
春山:
僕はビジネスって「生き方の表現」だと思ってるんですよね。頭のいい人がマネーゲームをやるだけじゃなくて、自分がどう生きたいか、そのスタンスを社会に投げかける場としての起業というか。
もちろん、お金を稼ぐことは大事だけど、その根っこにあるのは「こういう価値観で生きていきたい」「こんなふうに地域と関わりたい」という自分の欲求や世界観。そういう生き方とビジネスが地続きであればあるほど、面白いし続けやすいんじゃないかと思います。
濱田:
「生き方とビジネスが地続き」ですか。
それ、すごく素敵なことですよね。春山さんはこれからの日本で、ビジネスや働くことを通してどういう可能性があると思われますか?
春山:
たとえば、着物が大好きな人だったら、「どうすれば日本文化と現代社会をつなげられるんだろう」とか「自分なりの着物コーデを発信したい」とか、いろいろな形で仕事にできる可能性はあると思うんです。
今の時代はテクノロジーも進んでいるし、SNSなど自分で発信できるツールも多い。「自分らしさを仕事にしていいんだよ」という選択肢がもっと増えていくと、みんなが地域や文化を“自分ごと”として楽しめる社会になっていくんじゃないかなと思いますね。
濱田:
確かに仕事って生活のためだったり「誰かの期待」や「こうであるべき」という社会的な立場やしがらみ、さまざまな囚われによって、自分が本当に望む生き方をすることは実はすごく勇気がいることだとのような気がしています。ただ、その壁を乗り越えれさえすればもっと血に足が着いた、揺らぎのない自分らしい等身大の幸せに出会えるような気がするんですよね。
私自身も起業した時、まったくの0ベースで今思えば無鉄砲だなと思いますが(笑)、自分の「好き」や心から欲することに嘘をつかずビジネスに生かしてこれたので、苦労は多いけれどとても幸せなことだと感じています。これからの未来が、どの人にとっても「生き方の表現」としての自由な働き方が実現できる世の中になるといいですね。
◆ 編集後記
本インタビューを通して感じたのは、「暮らしや文化と自分の仕事をどう結びつけるか」 というテーマを、春山さんがとても大切にされているということ。
そして福岡を拠点に事業を育てつつ、伝統産業や地域の織物にもアンテナを張っているのは、「自分が使いたい」と思うところから自然に始まっている、という点が印象的でした。
IPOに向けた話も、単なるビジネス拡大ではなく、「地方ベンチャーも挑戦できるんだ」という希望を他の人に手渡す という大きな使命感が根底にあるとのこと。そこに“生き方の表現”としての起業姿勢や「自分はどう生きたいのか」を問い続ける姿勢こそ、仕事や地域文化を面白くする 秘訣なのだと感じさせられました。
日常の暮らしに和の要素を取り入れたり、地域のモノや文化に目を向けてみたり、そんな小さな一歩が、きっと春山さんが語る“豊かな社会”への入り口になるのではないでしょうか。
株式会社WITH THE MODERN 代表取締役 濱田友紀子
(KIMONO MODERN デザイナー&プロデューサー)
株式会社YAMAP 代表取締役・春山慶彦さん
プロフィール
福岡県出身。「アウトドアをもっと自由に、もっと楽しく」を理念に、2013年に登山・アウトドアアプリ「YAMAP」を開発・運営する株式会社YAMAPを創業。GPSとスマホを組み合わせた独自の地図技術で、安全な山行と地域活性を実現し、人々の暮らしを豊かにする新しいアウトドア文化を創造している。現在はEO(起業家の国際組織)九州の会長も務め、「地域資本文化の経営」をテーマに、地方から新しい価値を発信し続けている。